JCA休憩裁判(ジェットスター・ジャパン事件)
ジェットスター・ジャパン客室乗務員の休憩をめぐる裁判(以下「本件休憩裁判」)に関し、早稲田大学名誉教授・島田陽一先生より、東京地方裁判所判決(2025年4月22日)を踏まえた鑑定意見書をご執筆いただきました。
本鑑定意見書は、
- 労働基準法34条に定める休憩時間制度の趣旨
- 労働基準法施行規則32条(乗務員に関する休憩特例)の解釈
- 客室乗務員の業務実態、とりわけ便間時間およびクルーレストの法的評価
- 使用者の安全配慮義務および差止請求の妥当性
について、学術的かつ体系的な観点から検討を行い、原審判決の判断が基本的に妥当であることを示すものです。
現在、本件休憩裁判は東京高等裁判所において和解協議が継続中であり、本鑑定意見書は、現時点では裁判所には提出されていません。
本掲載は、係争中の裁判手続とは切り離し、争点整理および社会的理解の促進を目的として行うものです。なお、和解に至らない場合の判決期日は2026年1月29日と指定されています。
JCAは、本鑑定意見書の公表を通じて、客室乗務員の休憩・疲労管理の問題が、単なる労務管理の問題にとどまらず、航空の安全文化および労働法制の根幹に関わる重要な課題であることを社会に共有していきたいと考えています。
本鑑定意見書が、本件休憩裁判における争点や法的背景についての理解を深める一助となれば幸いです。
※本鑑定意見書の転載はご遠慮ください。
ジェットスター・ジャパン事件 鑑定意見書 要約
- 事案の概要
本件は、ジェットスター・ジャパン株式会社が客室乗務員に対し、労働基準法34条所定の休憩時間を付与しない勤務を命じていたことが、違法か否かが争われた事案である。
東京地裁は、同社の勤務命令が違法であるとして、損害賠償請求および差止請求を認めた。同社はこれを不服として控訴した。
- 主な争点
争点は以下の3点に整理される。
① 労基則32条(乗務員の休憩時間特例)の解釈・適用の適法性
② 休憩時間不付与が安全配慮義務違反に当たるか
③ 将来の違法勤務に対する差止請求の可否
- 鑑定意見の基本的立場
本鑑定意見書は、東京地裁判決の判断は基本的に妥当であるとの立場を採る。
労基法34条は罰則付きの最低基準であり、同法40条に基づく特例(労基則32条)は、必要最小限に厳格に解釈されるべきである。
- 労基則32条の解釈
32条1項(長距離・継続乗務)
「長距離にわたり継続して乗務」とは、6時間を超える連続運行を意味する。本件のように複数便に分かれ、各便が6時間未満である場合は該当しない。
32条2項(停車時間等の合算)
「その他の時間」とは、実作業を伴わず、精神的・肉体的緊張度が低い、実質的に休憩に準ずる時間に限られる。
便間時間のうち業務を行っている時間や、飛行中のクルーレストはこれに該当しない。
- 安全配慮義務と差止請求
休憩時間の不付与は、労働者の健康を守るための安全配慮義務(労働契約法5条)違反を構成する。
同社は法令を正しく理解し休憩を付与することで容易に義務を履行できたため、損害賠償責任が肯定される。
また、同様の違法勤務が継続するおそれがある以上、差止請求も正当とされる。
- 結論
東京地裁判決は、労基法の趣旨に忠実であり、客室乗務員の健康保護の観点からも妥当である。
判決要旨 vs 鑑定意見の比較表
| 項目 | 東京地裁 判決要旨 | 鑑定意見書の評価・補強 |
|---|---|---|
| 基本姿勢 | 労基法34条は最低基準、例外は厳格解釈 | 判決の枠組みは正当。特例拡張は許されない |
| 労基則32条1項 | 各便6時間未満 →「長距離・継続乗務」に該当せず | 業界事情を理由とする拡大解釈は制度構造に反する |
| 労基則32条2項 | 「その他の時間」は実質的に休憩に準ずる時間 | 実作業を含む時間は除外すべきと理論的に補強 |
| 便間時間 | 業務外便間時間のみ該当 | 解釈は妥当、業務便間時間を含めるのは不可 |
| クルーレスト | 「その他の時間」に該当しない | そもそも乗務中であり除外されると明確化 |
| 休憩不付与 | 労基法34条違反 | 罰則付き義務であり違反は明白 |
| 安全配慮義務 | 違反あり、損害賠償責任肯定 | 休憩付与は人格権の一部として位置づけ可能 |
| 差止請求 | 将来の違法行為防止のため肯定 | 継続的違法状態の是正として合理的 |

